大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)2565号 判決

被告人 渡辺富太郎

〔抄 録〕

2 そこで、原審記録を調査し、当審における事実調の結果をも合わせ、所論の当否について判断すると、先ず、原判決が事実認定の証拠として挙示している各証拠のうち、被告人の司法警察員に対する昭和四七年八月一二日付供述調書だけは、本件についての被告人の自白を内容とするものであること、被告人は、本件により昭和四七年八月一一日逮捕され、その後勾留されて取調べをうけ、同年九月二日起訴されて現在に至っているのであるが、その間、右八月一二日付の供述調書を除けば、捜査官に対する供述にしても、公判廷における供述にしても、本件については一貫して否認を続けていること、以上の点が記録上明らかである。

そこで、さらに進んで、右八月一二日付供述調書に記載された被告人の自白(以下単に本件自白あるいは自白調書という)の任意性について検討すると、(イ)被告人が原審第八回および第一一回各公判において、本件自白調書が作成された際に拷問などをうけたことはなく、調書の内容を読み聞かされたうえ、それを理解して署名指印したと述べていること、(ロ)本件自白調書の形式、記載内容に異常、不合理な点はなく、その記載内容は本件の被害者である富岡昭代の原審における証言ともおおむね合致するものであることなどの点からすれば、本件自白が任意になされたものであることを肯定してよいようにも思われる。しかし、さらに検討すると、(ハ)被告人は、原審第九回公判廷において、昭和四七年八月一一日に逮捕されて下田警察署に連行され、同日午後三時ごろから二階の二畳くらいの広さの部屋で市川、松本両刑事の取調をうけたが、その際両手に手錠がはめられたままであったこと、翌一二日は午前中から前日と同じ部屋で同じく市川、松本両刑事の取調をうけ、午後も同様に取調をうけたのであるが、いずれも両手錠をはめられたままであったこと、右両日とも暑くてたまらず、手錠をされているので汗をふくこともできずつらい思いをし、取調の刑事から取ったと言えば家に帰してやるといわれたので、一二日の午後三時半か四時ごろになって初めて取ったと言ったこと、すると、警察官が多勢いる大きい部屋に移され、取調べがゆるやかになり、手錠も片手だけにされ其処で調書が作成されたこと、しかし、その日の取調べが済んで留置場に戻ってから妻や子供のことを考え、取ってないものを取ったというわけにはいかないと思い直し、翌日以後の取調べにおいては以前のように否認を続けたこと、以上のような供述をしているのである。右被告人の供述が真実であるか否かについて考えると、(ニ)原審における証人佐野陽一の供述によれば、被告人が自白した八月一二日には、午後から被告人の取調べがなされたのであり、午前中には同人の取調べがなされていないことが認められ(当審において取調べをした留置人出入簿添付の捜査報告書は、右佐野証言の裏づけとなるものである。)、この点からしても、被告人の前記供述のすべてが直ちに真実であると認めることはできない。しかし、右佐野証言及び捜査報告書によれば、同日被告人は午後一時一五分ころ出房して取調べを受けたが、同三時二〇分ころ一旦房に帰され、同四時ころ再び出房して六時三〇分ころまで取調べを受けたことが認められるところ、(ホ)原審において証人市川邦良は、被告人を逮捕して八月一一日と一二日の両日に取調をした際、両手錠をしていたことはないが、片手錠はしていたかも知れない、逃亡のおそれは別段考えられなかったと証言し、証人松本勲は、一一日、一二日の取調の際手錠をどうしたかは忘れたと証言しているのであり、これらの証言と被告人の前記供述とを対比すれば、両手錠をされたまま取調をうけたとの被告人の前記供述は、これを一概に虚偽とは断じ得ないようにも思われる。(ヘ)また、原審において証人松本勲は、被告人が自白をする前に、同人に対して、取ったことを認めれば帰してやると言ったことはないが、本件は親族間の事件であり親告罪であるから、素直に認めて話合いがつけば告訴取下によって解決することもあり得るとの説明はしたと思う旨の証言をしており、これと被告人の供述とを対比すれば、取ったと言えば家に帰してやるといわれたとの被告人の前記供述も、これを直ちに措信できないものとすることは難かしいように思われる。(ト)なお、本件自白に至るまでの取調状況について、前記被告人の原審公判廷における供述、原審における証人市川邦良、同松本勲の各証言を総合すれば、被告人に対し、暴行、脅迫が加えられたようなことはないが、二名の警察官によって交々大きな声を出されたり、なだめるように話されたり、相当に執拗な追及がなされたことが認められる。

3 以上2の(イ)ないし(ト)に挙げた諸点を総合して考えると、本件自白は、明らかに任意性を欠くものと断ずることはできないにしても、前記のとおりの状況の下で両手錠を施されたまま二名の警察官により執拗な取調がなされ被告人の心身に不当な圧迫が加えられた状況のもとにおいて得られたのではないかとの疑いがあり、前記(ヘ)の釈放約束の点を抜きにしても、この点において既に任意にされたものではない疑いがある自白といわなければならない。

(上野 綿引 千葉)

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